愛護会設立の経緯

丹頂鶴|タンチョウ鶴 昭和38年の夏は冷夏で釧路地方の農作物は不作であった。阿寒町の畑作物も不作で、とりわけ、タンチョウの餌になるトウモロコシが特に収穫不良であった。 飛来してきた鶴達に餌が十分供給できず、阿寒中学校のツ 続きを読む

餌や募金の窓口に

餌や募金の窓口に 昭和25年冬の山崎定次郎さんによる給餌の成功以来、タンチョウは年々その数を増やしていったが、当時は、給餌 に対する行政の対応も十分でなく、地元の農家や子供たちの善意に頼らざるを得なかったのである。阿寒中 続きを読む