ツルは皿から水を飲めるのか

釧路市動物園 ツル担当主査
吉 野 智 生

当たり前の話ですが、タンチョウは鳥なので嘴(くちばし)があります。嘴は餌をとったり食べたりするほか、羽づくろいをしたり巣材を運んだりと、人間の手のような役割も果たします。鳥の腕は翼になっていて物を持てないので、その代わりにしているわけですね。また細長く鋭いので、タンチョウ同士のケンカや、敵と戦う時の武器にもなります。タンチョウは魚やカエル、ミミズなどの小動物や植物の根をよく食べますが、その時にはこの細長い嘴を器用に使って、掘ったり探ったりして捕まえているのです。嘴は固いサヤに覆われていますが、意外とくねくね動かせます。
では、頭の骨を見てみましょう。まず鼻の穴が大きいことがわかります。このような鼻の穴の大きいものを分(ぶん)鼻孔型(びこうがた)と言いますが、嘴を柔軟に動かせるのはこのためです。また嘴の先の方には神経や血管が通る細かい穴がいくつも空いています。したがって嘴を見ると、タンチョウは感覚が鋭い嘴を器用に動かし、小魚やカエル、ミミズなどの餌を泥や土の中から探り当てて食べていることがわかります。
唐突ながら、イソップ童話に「キツネとツル」という話があります。キツネがツルを食事に招待して皿によそったスープを出したら、ツルはスープを飲めなかった。そして次にツルがお返しにキツネを招待した際、口の狭い壺(つぼ)に入った肉を出したらキツネは壺の中の肉が取れなかった、というお話です。
ツルの嘴は細長いので、皿に入った液体を飲むのは難しそうに見えます。しかし実際には器の大きさにもよりますが、案外器用に嘴で掬(すく)って飲むことができます。鳥は哺乳類のように下を向いたまま物を飲み込むことはできません(ハトは例外的に可能)。水を飲む時にはいったん嘴にためてから、あごを持ち上げて少し上を向いて飲み込みます。したがってツルは皿に入っているスープを飲めるので、理論上ツルは損をしません。一方、キツネは口の狭いツボに入った肉は取り出せなさそうに思えます。いや待て、キツネなら壺を壊せるんじゃないか、と、思ってしまった私は心が汚れているのかもしれません。そんなわけで、せっかくの童話に無粋なツッコミをしてはいけませんというお話でした。